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NHK特集「プロフェッショナル」

テレビの画像を見て、涙が何度も流れ落ちた。
NHK「プロフェッショナル」乳腺外科の優秀な医師の特集だった。

医者は謙虚であれ・・・・名医の言葉だなぁ・・・・。
患者の立場に立つことの医師としての難しさや葛藤。
医療の立場からどんなに立派な腕前であって、どんな困難な手術をできたとしても
果たしてそれだけで良いのだろうか・・・。

医療側の立場と患者側の立場では、切った、治ったで終る物ではないのだと思う。
病気によってそれぞれに関わる色んな繫がり。
患者当人は無論、病院側や患者側の家族、それらに関する様々な放射線状に伸びる絡まり。
病気は治っても100が100に戻るわけではないのだ。
直す事を引き換えに逆に、生活に‘苦‘や‘不便さ‘を伴って生きていかなければならない人達だってたくさんいるはず。

患者側の人生にに寄り添う医療・・・。
再発された患者さんに対しては更に一生を診続けるつもりで付き合っていく・・・。
患者にしたらどれだけ、心強く感じるとだろう。

全国各地で幾つもの優秀な腕前や極め細やかな対応をしている病院もあるだろうけれど、
でも、これだけの恵まれた環境で治療を受けることのできる人は・・・一握りでしかないのだろうか・・・。

それでもやはり、「癌・がん」というのは別物であるのだと。
この番組で登場した後半の乳がん再発の女性にスポットを当てていたときに
涙が止まらなかったのだ。
病気そのものについては、専門医の下に最前線のチーム医療として当てられていた。
私が思うところは、そのぶぶんよりもその、患者である40代半ばの二人の子供(高校生)をもつ
母であり、妻であるその女性の心の部分だ。

彼女は、子供達には乳がんの再発のための治療入院ではなく、腰が痛いという検査入院と話して来ていた。
いずれは話さなくてはならないとわかっていても、その気持ち、心の葛藤は子を持ち、育て、主婦であり
妻であるというその立場で、自分のときと重ね合わせてしまったのだ。

『子供達の(成長の)応援団長でいたい』とその母は最初に言った。
その気持ちもあり、子供達へ告白することは自分自身が揺らぐと思ったのだと思う。
言い出すことのタイミングの難しさや、言うことの勇気、子供の反応、精神的なフォローは
どうしたらいいのか・・・。
その患者である彼女も悩んでなかなか言い出せなかった。
もっともっとたくさんの事が自分の中で葛藤してグチャグチャになったのを鮮明に思い出す。
先ずは、言わなくてはならないことは、既に解っていても・・・。


散々迷って、どう切り出したらいいのか・・・話したら子供達の精神的なものはどうするんだと・・・。
時間だけが悪戯に過ぎて、私は、今の病院での入院・手術が決まってから娘たちに話した
結果的には、もっと、早くから検査をしている時点から話して欲しかったと言われた。
確かに、黙っていてどうにかなるっていう問題ではないのだ。
それに、やはり家族の協力は必要不可欠なのが、現実なんだと今更ながら思う。

確かに、子供であっても月日と時間の流れによって、しっかりと成長しているのだ。
子供だけで作る夕飯を携帯の写真で送信して来たり、やっぱり、どこの子も同じなんだなぁ・・・。
と思いつつも、それだけにやはり母の立場となれば、不憫なのだ。
そんな場面を見ていると同じ様なことがやはりあったので、涙がまた出てきた。

自分のときと重ねあわせてみて、きっと同じ思いで見た人もたくさんいるのだろうな。

私は中学生の時に、自分の子供のように愛してくれた叔母をがんで亡くし、
結婚後、スキルス性胃がんで夫の父を、3ヶ月後には直腸がんで同じく夫の母を失い・・・。
約3年弱前には自分ががんになる。

愛する叔母には、最後の面会であまりにも可哀想すぎてたいした声かけも出来ずに最期となった。
義理父にも、義理母にももっともっと、話をすればよかった。
義理母には、これからもっと良い関係になりそうだったし、元気になるためにも手術を勧めた自分を侮る。
自分のがんはそんなことからのバチが当たったのではないか・・と思ったこともあったな。

「親は子供の応援団長でありたい。」・・・・実は、この言葉は私も上の子が高校2年生の時に(7年前だわ)
中高合同保護者会の会場で縁あって発表させてもらった内容での一文なのだ。

親は、みんな同じなんだね。いつの時も。
by nori-0726 | 2009-06-09 23:41 | 旅 カメラ