梅雨の憂鬱

せっかくの休みなのにどんより空に、雨まで降ってきた・・・。

仕事復帰して2か月半。
腱をとった腕の傷のほうは4か所中2か所は順調に回復しているはず。
残りの2か所は未だに腫れと癒着状態。(小さい傷ですが・・)
だが、相変わらずメインの傷口は痺れと瘢痕と親指の違和感と痛みがあります。
傷が手首にかけてあると手首も上手く曲がらないし、動きの鈍さで筋肉痛も・・・

ただし、仕事でのデータ入力に関しては問題なくサクサク(かぁ?)打ち込みできます。
ファイルへの移し替えに手首を使って掴むことが今の状態だと、辛いかな。

2か月ほどのギプス固定で手を使わないと、こんなにも筋肉は落ちて回復するのに
倍以上かかりそうだ・・・と改めて感じています。

休んだ日数が年間の出勤率にほんの少し欠けてしまったために
今年度は年休が出ないことに!!!
しっかり、年休交付時に合わせて手続きの書類を出していたところ、上司から呼ばれて
そんな涙の話。
え?休めって言ったじゃん。と心の中で思っても、そりゃ、あの状態じゃ仕事は出来んし、実際めちゃくちゃ忙しかった時らしく、邪魔だわね・・・。
母のこともあったりで、休みも増えたし、仕方ありません・・・。
この年齢で、首をきられるよりはマシですね。
来年の5月には年休交付になるようなので、どうにか調節しながら(調節のお願いをしながら)
一年を乗り越えるしかありません。

何もなければ、・・・平和に過ごせますように・・。

仕事のある毎日はやはり、メリハリがあるのか、一日が早く過ぎるし、たぶん、気持ち的にも違うんだと思う。
休んでいる間は、もう仕事に行くのが億劫に感じていたくせに、仕事のある日常のほうが精神衛生よいのかもしれない・・。
仕事はやめないほうがいいよ。と、何人にも言われたし・・・。
こういうことか・・。

お休みにはやらなくてはならないことが山積みで・・。
冬のセーターも洗ってないし、クリーニングに出す衣類もあるし・・。
あれれ、未だに衣替えもしてない・・・・。
なんとだらしない・・・。
何をするにも、パリッと晴れた日にしたいのよ。
週末は実家へ行ったり、所用があったりとなかなかゆっくりできないし、晴れない!
今週も急遽、実家へ行くとこになり、お天気予報は晴れマークもありそうだけどまたも延期になるか・・・。
今月中にはどうにか、解消したい・・・・。
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# by nori-0726 | 2016-06-07 15:47 | 日常・家族・キモチ | Comments(0)

胃カメラ

三ヶ月毎に血液検査をしている
(内分泌、甲状腺機能低下症、橋本病のため)
そのなかで、年に1、2度数値が変化して薬の量が変わるけど、殆ど安定している。

前回、珍しく貧血となった。耳の病気を境に貧血は治っていたのに。もう、10年になる。
どこか、出血のしていたりありますか?と聞かれ、見に覚えがないので、では、次の診察のときの結果まて、様子をみましょう。と毎度の感覚でいたわけで。

が、今回はあらら…
数値は更に下がり、ほかにも△や▽が項目の前に付いている。
先生が、その結果から検討してみたが、やはり、体内からの出血が考えられます。あるいは、甲状腺が関係かもしれない。
取り合えず、胃カメラを…。
え?初めてですけど!!
飲まなくちゃなぁ。とは、思っていたけれど
準備なしにそう、色々言われると…。

結果、何もなくて良しになればよいだ。
奇しくも、胃カメラの前日は職場の健康診断。その後美味しいランチを。
連日の検査ですか…。

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# by nori-0726 | 2016-05-21 10:44 | Comments(0)

夫…
去年の秋に博多から鹿児島へ異動のため、部屋の片付けに行きました。
鹿児島へは、その前に二度。
そして、引っ越しと今年の春に。
マンションのベランダからの桜島は真正面に見ることができて、玄関側からの景色もよかった。
なにしろ、お部屋が広かった。日当たりも申し分なく、ベランダも十二分に広かった。
あと、もう一度くらい行くこともあるかなあ…と
思っているうちに、異動が発令された。

リタイアする前に、も一度、博多に戻れるといいね。と話していたのだが…

そうです。博多への異動となりました。
半年しか居なかった鹿児島。
今月後半、またしても引っ越し片付けに行ってきます。
まあ、今回は手もまだ、完全に完治したわけではないので、ほどほどにやってきます。

そ~よ~♪博多へ戻るのよん。

現在、熊本、大分の震災に際しては
被災された方々へ心よりお見舞い申し上げます。


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# by nori-0726 | 2016-05-06 22:47 | Comments(0)

とりあえずは

実家には連絡を入れた。
ま、大丈夫だろう・・・。
時間をみて、様子をみに通うことにしよ。
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# by nori-0726 | 2016-04-20 15:12 | 日常・家族・キモチ | Comments(0)

明日から今まで通り

の生活に戻ります。

長いお休みをいただきました。

母のことから始まって、年明けはお休みが多く、元々この時期に重なっていた手の手術を
2月の初めに受けた。
それから会社のご配慮もあり、3月はすべてお休みをいただき、提示されたのは4月20日までの
お休み。
その間には、母の通院の補助があったり、様子を見に泊りで行ったりすることもできました。
手はギプスや固定装具のためほとんど実家に居ても役に立たずでしたが
逆に母にとっては、こんな私に少しでもと思いおかずを持たせてくれたりと
家事を一生懸命こなしていました。
これは、言い方は変かも知れませんが、母にとってはとても良いリハビリになったと思っています。
今までしていた家事を自分の仕事として毎日すること。
脳や手足、からだを使うことによっての呆けることを防止できるのではないか・・・。
ちょっとした環境の変化が一瞬にして痴呆へと滑りだしてしまう年齢ですから・・・。

さて、手の方ですが、傷口はしっかりついて親指もCM関節の骨を取ってしまったので
ちょっと女らしい?手つきになりました。
以前のように指を開いてパーをしても、親指はそこまで開くことも指が上に上がることもありません。
指を気をつけのようにまっすぐ伸ばしても親指と人差し指が隣同士で並ぶこともありません。
ありません。というのは出来なくなりました。の方が正しいかも。
親指と人差し指で丸を作ることはできます。
親指と小指を付けることはできますが、4つという形で親指がしっかり中に折れることはりません。
ただこれは個人差と回復状態にもよるみたいです。
私は親指を小指の付け根に付けることができますがだいぶ困難です。6割方でしょうか・・・
これは出来るようにならないと・・・。
手首を曲げたり回したりもだいぶできるようになりましたが痛みが伴います。

その痛み・・・ですが。
親指側の傷が肥厚性瘢痕(ひこうせいはんこん)になりかけています。
親指側面がそのために触ると痺れているのが術後から取れず、神経をかけて手術をしてくれたそうですが、触っているのかもしれません。
そんな状態で、傷口は痒みと痛みといくらかの腫れと熱を持った状態になっています。
また、シャツなどが傷に触るととても痛いのです。

腱を取った手から腕の5か所の傷も傷口と腱が癒着をおこしているので、腕を動かすと
可動範囲が限られて突っ張ってしまう痛みがあります。

これらのそれぞれの状態で動きが悪くなっていたり痛みが出ていると思います。
それでも、だいぶ良くなり、リハビリの先生も成長したよね~!とリハビリ効果は出てきています。

まだ、半年、一年と徐々に良くなっていくとは思いますが、やっぱり痛みは辛いです。
とても痛い時期に出社して、皆から大丈夫かと心配されましたが、明日行ったときは
回復の状態にまた、びっくりさせることになるかも・・・。

次回の診察までヒルロイドクリームを腕の傷口にぬり、瘢痕とならないようにします。
また、紫外線によって、傷口は瘢痕になりやすいそうで、テープで傷口をカバーです。
(指側は痛みが強いので薬の刺激も良くないのでパスだそうです)

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再手術(腱を剥がしたり、神経から離す手術もあり得る・・かもですって・・)・・・・になりませんように・・・・・。

明日の21日から予定通りに出勤することになりました。
回復のためのお休み(手が使えなければ仕事になりませんので・・)
おかげで、動きは遅く痛みもありますが日常生活を休み休みできるようになったので
復活です。
う~ん。ちょっと里ごころ着いちゃったかな~なんて思ったりするけれど、収入もないと実家にも行けないし
生活もありますし。
最悪の場合は仕方ないよ。と夫は話してくれましたが、とても忙しいから覚悟しておいてよ~!
と、職場からは一応、手ぐすねひいて待っていてくれているようなので、出来る範囲でがんばります。
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# by nori-0726 | 2016-04-20 14:09 | 病気・通院・健康 | Comments(0)

八重桜も八分咲き

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もう、頭に浮かぶは”道明寺”だよね。
食べた~い。
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# by nori-0726 | 2016-04-16 11:49 | Comments(2)

心より…

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わが家のベランダから見える公園の桜の木。
三種の桜が咲き始めました。
桜の賑わいの時期をずらして毎年、綺麗な花を開きます。
わかるのは八重桜だけ。
他の名前はわかりません。

季節も移り、未だに痛みが残る傷口ですが、
来週から職場復帰。
どこまで出来るやら…休みすぎて変です。
母の順調な回復とさて、これからと言うときに
一昨日の熊本を中心にした大震災。
鹿児島赴任中の夫は、博多で被災。一夜を職場で越して無事に鹿児島に戻ることが出来ましたが…。
まだまだ、たくさんの不安と状況が進まず大きな揺れも続き、被害が大きく広がる今、
心配でなりません。
一日も早く、状況が落ち着き平穏な日々が戻ることを…。
心よりお見舞いを申し上げます。

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# by nori-0726 | 2016-04-16 09:37 | Comments(0)

サヨウナラ・・・



川越にいった数日前に、両親が大事にしていた愛猫が息を引き取った。
母が回復するのにとても大きな存在であった。
なかなか懐かないで、フン!とか思っていたけれど、晩年は徐々に慣れて触っても怒らなくなっていた。
もう、大往生で老衰であるので、両親も懸念したほど、落ち込んではいない様子。
もちろん、心の支えが居なくなってしまったのだから悲しみは深いだろう。
享年22歳。
最期は自分でトイレにも行き、身辺をきれいにして母の腕の中で静かに息を引き取ったという。
ありがとう・・・。そして安らかに・・・。
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# by nori-0726 | 2016-04-02 00:20 | 日常・家族・キモチ | Comments(2)

川越 喜多院へ

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やっと今年の我が家の(実家)初詣が叶いました。

毎年、元旦もしくは三日の日に川越にある喜多院へ初詣へ出向くのが恒例になっていた。
三日は、だるま市が境内で行われたくさんの出店。
だるまがあっちこっちに山となって売られている。
境内から賛同へ抜ける道にはたくさんの屋台の出店が両側にあり、とくに鯉をうっている屋台が多い。
なんで鯉なんだろ・・。
私は見るも好きではないし、川というか泥臭い生臭いような臭いがたち込めているようで苦手。

元旦に行くと、屋台はそれほどではないけれど、だるまさんの後ろに貼るお札が付いてくるそう。
これは、元旦だけらしく両親はそれが目当て?で元旦に出向いている。
毎年買い替えて段々と大きなだるまを買うそう。

だが、今年のお正月は例の大事件が起こり、それどころではなくなった・・・。
治ったらお参りしようと、父とも話していた。
それが、やっと、この日に叶った。
2か月も遅くなって、桜満開の初詣。
元気に歩けて、どこにも後遺症が残らず・・・ほんとに良かった。

母も父も元気で、来年もまた元気に行けますように・・・・。
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# by nori-0726 | 2016-04-01 23:59 | 散歩 カメラ | Comments(0)

その後の母

今までの記事の中でもちょこちょこ書いてはいますが…
次回の4月の診察で丸3ヶ月となります。
おぼつかなかった言葉も話す内容も動きも歩き方も殆どが以前のように戻りました。
母がとても気にして、日に何度も手鏡で覗きこんでいた右目の瞼もすっかり開き、 物か二重に見えていたのが、左右の焦点が交わり
普通に見えるようになったのも
眼科の診察ではっきりわかりました。
そして、生きることに一番大事なホルモン、コルチゾールなんと、自分の体の中から出始めているそうです。
今は、月に一回の脳外科の診察と3ヶ月毎になった眼科の診察。
ホルモンの投薬も量が減りつつあります。

一体なんだったんだろう…と思わせる昨年末からのあの騒ぎ…。
母の体のは見た目どこもメスを入れたようには見えない。
本人も手術したことも覚えてないし、正直なーんにも覚えてない。
頭が痛くて硬直して救急車に運ばれた事は、うっすらと運ばれているのかざわざわしていたことは、記憶にあるらしい。
その後は、術前も騒ぎを起こしてからの個室のことも回復室にいたときのことも殆んどの記憶がない。
病室に 戻って、数日後からは何となく覚えている。
しかし、その時の会話は、成り立っていなかった。
ある意味、脳に異物ができ神経等を圧迫したり、何かしらのイヘンカが起きたときの
その時の人間は、まったく知らない別人化とさせてしまうのだろか…。
考えることも話すこともすることも全てがもう一人の人化するのか。
まるでジキルとハイドに例えてしまいそうだ。

幸いなことに、手術をした後は本人は何もかも覚えていない、
幸せなことだと思う。私たちの心の中の奥底にしまい鍵を閉めてしまえばそれで済むのだから。

母には術前の説明も同意もなく、手術をしたので自分がどのをどうやって手術したのか、
それに対する後遺症等も知らないしびょうめいすら知らなかったのだ。
最近、改めてどういう病気であったのか、
手術まての経緯(一般的なこと) と、今の状態を説明した。

個々まで回復するとは、高齢な年齢であるので誰も考えなかった気がする。
最悪な覚悟を父として、今、ほっとしている。

ところが、愛猫が先日天に召された。
人間に例えると120歳位のご老体であったけど、母の回復にはその猫の存在は大きかった。
今回のことで、ショックを受けて痴呆が始まってしまったらどうしようかと、
本心気掛かりだった。
父も大変ショックを受けている。
けれども、生きているならばいつかは天にへと行くことにはなる。
その前に、食事をし、トイレに行き、粗相の無いようにし、母の腕のなかで静かな最後を迎えたと言う。
自分の寿命をしっかり生き抜いたのだ。
しっかりと、誉めてあげよう。
そして、ありがとう。
母は、その日は寝込んでしまったらしいが電話口では気丈にもしっかりしていた。
寂しいだろうが、看とることも出来たのだから、気持ちは違うであろう。
亡骸は貰ってきた先のお寺さんに戻ることになった。
元々、病気出なくなった先猫がそこに眠っているのだ。ペットロスになり今度の猫をそこのお寺にいたのを貰ってきたのだ。

母は、お友だちと食事会があるとかで、
少し、気持ちも外に向きつつある。
父も看病のため、休んでいた俳句をまた、始め出した。
それぞれに趣味は違っても、高齢なお互いをいたわりあって欲しい。
私もできる限り、顔を出して安心させたい。
穏やかな日が続きますように…




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# by nori-0726 | 2016-03-28 10:32 | 日常・家族・キモチ | Comments(0)